どこからどこまでが体に自分が関わっているのか

 日々人の体に触れて、いろんなものをこの手に感じます。変な意味はありませんよ。

 

 この仕事を始めたとき、この手に感じるものはあまり多くありませんでした。

 

 それが毎日毎日来る日も来る日も触っていると、いろんな感覚がこの手に出来上がってきます。

 

 調子いい人と調子悪い人と感触が違います。

 

 元気な人と弱っている人と感触が違います。

 

 せっかちな人とおおらかな人と感触が違います。

 

 ほかにもいろんな違いがあります。

 

 きっと十人十色、千差万別。同じ人を違う人が触っても違うはず。

 

 

 

 そんないろんな感触の中で、治りそうな気持ちいい感覚と、これはまだ痛みが取れていないなという、なにかおしりからうんちがすっきり出て行かないような詰まった感覚があります。

 

 この詰まった感覚というものにいつも助けられ、また悩まされてます。

 

 

 仕事ではなるべく理論と技術で治療をし、その感じた詰まりがとれるのをめざしているのですが、なかなかその詰まりがとれないときもあります。そのときは診断から見直すことが多いです。

 結果的にそれで治ることも多いし、常に見直しをするのは当然のことです。ただ今の理論と技術というのは限界があるのかなと。体の状態を見極めて、どの場所にどのような刺激をあたえるか、という理屈的なもので人の体を診断するというのはやっぱり100%ではないのかなと。

 

 たとえば、下痢をしてぎっくり腰が治った人がいました。

 たとえば、胃薬を飲んで肩の痛みが取れた人がいました。

 たとえば、引っ越して偏頭痛が解消された人がいました。 

 えーっと、たとえば仕事先の配属がかわって背中の痛みが取れた人がいました。

 

えー!なんでなんで?

 

そんなあっさり治るもの?

 

みたいなのあります。生き物の不思議、というか生き物の備わってる機能ですよねきっと。

 

 医学が先で、体が後。じゃないんですね。

 

 体が先で、医学は後。です。

 

 

 欲張りですが。もっと簡単に、もっと早く、もっとお求め易く。そんな治療をめざしたい。